断熱性能を向上させることの効果が2つあることは、別記事でご紹介しました。
- エネルギー消費量の減少(=光熱費の削減)
- 生活の質(温熱環境)の向上
一つ目の、エネルギー消費量を抑えることができることは感覚的に分かります。
断熱化されれば、外気の影響を受けにくくなりますので、少ないエネルギーで室温を調整することが可能です。
一方で、室内の温度差がどのくらいに抑えられるのかについては、断熱性能の数値を見ただけでは分かりません。
この疑問に回答する上で参考になるのが「HEAT20 設計ガイドブック2021」です。
「HEAT20」とは、一般社団法人20年先を見据えた日本の高断熱住宅研究会」が提唱する基準で、断熱性能の数値を満たすことではなく、地域ごとに規定した「住宅シナリオ」を満たすことを目指しています。
「HEAT20 設計ガイドブック2021」では、モデル住宅を設定し、地域別に断熱性能を向上させた場合の冬季における室内の温度分布についてシミュレーション(1階のみ掲載)をしています。
モデル住宅は上図の間取りとなっており、延床面積は120.08㎡です。
1~3地域と4~7地域では、1~3地域について窓の大きさが一部小さくなっていることに違いがあります。
それでは、地域別に見ていきましょう。
地域とは、建築物省エネ法に基づく地域区分のことです。
地域区分はこちらから確認できます。
1・2地域(代表都市:札幌)
1・2地域は最も冬の寒さが厳しい地域です。
この地域の暖房方式の想定は、LD・和室・台所について暖房(室温20℃)となっています。
H28省エネ基準レベル | G1 | G2 | G3 | |||||
ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | |
LD | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ |
和室 | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ |
台所 | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ |
ホール | 16.3℃ | 18.8℃ | 17.0℃ | 19.0℃ | 17.4℃ | 19.2℃ | 18.2℃ | 19.4℃ |
トイレ | 15.9℃ | 17.7℃ | 16.9℃ | 18.4℃ | 17.5℃ | 18.8℃ | 18.4℃ | 19.4℃ |
洗面所 | 13.5℃ | 16.0℃ | 14.7℃ | 16.8℃ | 15.4℃ | 17.2℃ | 16.6℃ | 17.9℃ |
浴室 | 9.8℃ | 13.7℃ | 11.2℃ | 14.7℃ | 12.0℃ | 15.2℃ | 13.3℃ | 16.1℃ |
(※ドア開放はトイレを除く)
最も室温が低くなるのは浴室で、居室の室温との差を比較すると次の表のとおりとなります。
H28省エネ基準レベル | G1 | G2 | G3 | |||||
ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | |
居室と浴室の温度差 | 10.2℃ | 6.3℃ | 8.8℃ | 5.3℃ | 8.0℃ | 4.8℃ | 6.7℃ | 3.9℃ |
(※ドア開放はトイレを除く)
この地域のポイントは、次の2点です。
- H28省エネ基準レベルでは、ドアを閉鎖している場合、室温差の最大が10℃を超える。
- ドアを開放した方が室内の温度差は少なくなる。
一般に、室温差が10℃を超えると、いわゆるヒートショック(温度の変化によって血圧が上下し、心臓や血管の疾患が起こること)の危険性が高まると言われています。
よって、断熱性を向上させることにより、ヒートショックの危険性が低くなることが分かります。
また、ドアを開放した方が室内の温度差が少なくなり、断熱性が高いほど室内の温度差が小さくなることから、断熱性能の高い住宅の場合は、間取りを仕切らず開放的な間取りとする方が、健康的な住まいとなることが分かります。
3地域(代表都市:盛岡)
3地域は、1・2地域ほどではありませんが、冬の寒さが厳しい地域です。
この地域の暖房方式の想定は、LDと台所について暖房(室温20℃)となっています。
H28省エネ基準レベル | G1 | G2 | G3 | |||||
ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | |
LD | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ |
和室 | 12.4℃ | 17.0℃ | 14.2℃ | 17.7℃ | 14.9℃ | 18.0℃ | 16.1℃ | 18.4℃ |
台所 | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ |
ホール | 12.7℃ | 16.7℃ | 14.0℃ | 17.2℃ | 14.6℃ | 17.5℃ | 15.5℃ | 17.8℃ |
トイレ | 14.4℃ | 16.8℃ | 15.9℃ | 17.9℃ | 16.8℃ | 18.6℃ | 17.7℃ | 19.0℃ |
洗面所 | 12.9℃ | 15.9℃ | 14.7℃ | 17.1℃ | 15.6℃ | 17.9℃ | 16.7℃ | 18.2℃ |
浴室 | 10.7℃ | 14.1℃ | 12.8℃ | 15.7℃ | 13.9℃ | 15.8℃ | 15.1℃ |
(※ドア開放はトイレを除く)
最も室温が低くなるのは浴室で、居室の室温との差を比較すると次の表のとおりとなります。
H28省エネ基準レベル | G1 | G2 | G3 | |||||
ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | |
居室と浴室の温度差 | 9.3℃ | 5.9℃ | 7.2℃ | 4.3℃ | 6.1℃ | 4.2℃ | 4.9℃ | 2.8℃ |
(※ドア開放はトイレを除く)
この地域のポイントは、次の2点です。
- H28省エネ基準レベルでも、室温差の最大は10℃を超えない。
- H28省エネ基準レベルでも、ドアを開放すれば一定程度の快適性は確保される。
1・2地域と異なり、3地域では、室温差の最大は10℃を超えません。
また、開放的な間取とすれば、H28省エネ基準レベルでも室内の温度差は5.9℃に抑えられることから、H28省エネ基準レベルでも間取を工夫すれば、一定程度の快適性が確保されることが分かります。
4地域(代表都市:松本)
4地域は、3地域に近い冬の寒さがありつつ、夏の暑さにも対応する必要があるのが特徴です。
この地域の暖房方式の想定は、LDと台所について暖房(室温20℃)となっています。
H28省エネ基準レベル | G1 | G2 | G3 | |||||
ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | |
LD | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ |
和室 | 12.9℃ | 16.8℃ | 15.4℃ | 17.8℃ | 16.7℃ | 18.4℃ | 18.9℃ | 19.3℃ |
台所 | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ |
ホール | 14.1℃ | 17.3℃ | 16.1℃ | 18.2℃ | 17.2℃ | 18.7℃ | 18.6℃ | 19.3℃ |
トイレ | 14.5℃ | 16.3℃ | 16.9℃ | 18.2℃ | 18.1℃ | 19.1℃ | 19.6℃ | 20.0℃ |
洗面所 | 13.5℃ | 15.7℃ | 16.1℃ | 17.5℃ | 17.4℃ | 18.5℃ | 19.3℃ | 19.0℃ |
浴室 | 10.6℃ | 13.7℃ | 13.3℃ | 15.9℃ | 14.8℃ | 17.2℃ | 16.9℃ | 18.9℃ |
(※ドア開放はトイレを除く)
最も室温が低くなるのは浴室で、居室の室温との差を比較すると次の表のとおりとなります。
H28省エネ基準レベル | G1 | G2 | G3 | |||||
ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | |
居室と浴室の温度差 | 9.4℃ | 6.3℃ | 6.7℃ | 4.1℃ | 5.2℃ | 2.8℃ | 3.1℃ | 1.1℃ |
(※ドア開放はトイレを除く)
この地域のポイントは、次の3点です。
- H28省エネ基準レベルでも、室温差の最大は10℃を超えない。
- H28省エネ基準レベルでも、ドアを開放すれば一定程度の快適性は確保される。
- 断熱性を向上させた場合の室温差が少ない。
一つ目と二つ目の項目は、3地域と同じです。
この地域の特徴としては、高断熱化した場合の室温差が少ないことです。
G3水準でドアを開放した場合、室内の温度差はほとんどなくなります。
この地域が、断熱性を向上させた場合の快適性が最も高まる結果となっています。
6地域(代表都市:東京)
5~7地域は、基準となるUA値が同じですので、代表して6地域のみご紹介します。
この地域の特徴としては、冷房の消費エネルギーが増えてくることです。
この地域の暖房方式の想定は、LDと台所について暖房(室温20℃)となっています。
H28省エネ基準レベル | G1 | G2 | G3 | |||||
ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | |
LD | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ |
和室 | 12.4℃ | 17.0℃ | 13.6℃ | 17.6℃ | 14.3℃ | 17.9℃ | 16.1℃ | 18.1℃ |
台所 | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ | 20℃ |
ホール | 13.2℃ | 17.0℃ | 14.3℃ | 17.5℃ | 14.9℃ | 17.8℃ | 16.1℃ | 18.1℃ |
トイレ | 14.3℃ | 16.5℃ | 15.7℃ | 17.6℃ | 16.4℃ | 18.1℃ | 18.0℃ | 19.0℃ |
洗面所 | 13.4℃ | 16.2℃ | 14.8℃ | 17.2℃ | 15.6℃ | 17.6℃ | 17.4℃ | 18.2℃ |
浴室 | 11.7℃ | 14.8℃ | 13.3℃ | 15.9℃ | 14.2℃ | 16.5℃ | 16.5℃ | 16.9℃ |
(※ドア開放はトイレを除く)
最も室温が低くなるのは浴室で、居室の室温との差を比較すると次の表のとおりとなります。
H28省エネ基準レベル | G1 | G2 | G3 | |||||
ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | ドア閉鎖 | ドア開放 | |
居室と浴室の温度差 | 8.3℃ | 5.2℃ | 6.7℃ | 4.1℃ | 5.8℃ | 3.5℃ | 3.5℃ | 3.1℃ |
(※ドア開放はトイレを除く)
この地域のポイントは、次の2点です。
- H28省エネ基準レベルでも、室温差の最大は10℃を超えない。
- H28省エネ基準レベルでも、ドアを開放すればかなり快適性は確保される。
1点目は3・4地域と同じです。
2点目について、この地域の場合は、H28省エネ基準レベルでも開放的な間取とすれば、温度差の最大値が5.2℃であり、快適度はかなり高くなっています。
まとめ
- 1・2地域では、H28省エネ基準レベルよりも上の断熱性能を確保しないと、生活の質(温熱環境)の向上は図れない。
- 3~7地域では、H28省エネ基準レベルでも、開放的な間取とすれば、一定程度の生活の質(温熱環境)の向上を図ることができる。一方で、その分エネルギー消費量が増大するため、光熱費を抑えるためにはより断熱性能を向上させることが重要。
とある北寄りの地方で、建築職の地方公務員として20年以上の勤務経験があります。
住宅の性能に着目した家づくりの重要性についてお伝えしています。
【保有資格:一級建築士・(特定)建築基準適合判定資格者】